ゲームクリエイターの河津秋敏(かわづあきとし)さんが「ゲームゲノム」に出演されます。
河津さんは大ヒットしたRPG(ロールプレイングゲーム)・ロマンシングサガの製作者として有名ですが、実は大学を中退しバイトでスクウェアに採用されたことをご存じでしたか?
今やスクウェア・エニックスのエグゼクティブプロデューサーとして活躍されている河津さん。プロフィールやその仕事っぷりについても調べてみました。
河津秋敏さんのプロフィール
- 生年月日 1962年11月5日(69歳)
- 出身地 熊本県阿蘇郡小国町
小学生の頃には自分でゲームを考えてチラシの裏などに書き、友達と遊んでいたそうです。高校生の時は当時流行っていたインベーダーゲームに夢中でした。
東京工業大学理工学部に進学すると、友人が海外からボードゲームを個人輸入していた影響でTRPG(紙と鉛筆、サイコロなどを使うロールプレイングゲーム)にはまったとか。当時のルールブックは日本語に翻訳されていなかったため、英語を仲間と読み解きながらゲームをプレイしていました。
また、同じ友人が当時の最先端コンピューター・APPLE II(1978年発売の世界初個人向けマイクロコンピューター)を持っていたので、触らせてもらっていたそうです。
そして大学在学中にソニーから内定をもらっていたにも関わらず、事情により大学を途中退学することになりました。
河津秋敏さんはバイトとしてスクウェアに入社
その後、雑誌『Beep(ビープ)』(ゲーム雑誌)のライターのアルバイトなどをしていた河津さんは、求人雑誌を見てたまたまスクウェアの求人募集を見つけたのです。
当時スクウェアという会社は一般の認知度も高くなく、河津さんもほとんど知らなかったとか。
ゲーム制作という仕事が珍しかったので電話することにしましたが、前日に募集は打ち切られたと言われてしまいます。しかし電話で色々話していたら、とりあえず面接に来るように言われアルバイトとして採用されました。
その後社員となり、『ファイナルファンタジー』の制作に携わります。
そしてスクウェア初のミリオンヒットゲームとなった、ゲームボーイ用RPG『魔界塔士 Sa・Ga』を開発。その後も様々なゲームに関わっています。
大学を辞めてアルバイトで働いていた河津さん、たまたま目に留まったところがゲーム制作会社でアルバイト募集も締め切られていたのに、バイトとして働くことになり社員になって数々の名作を世に送り出すことになったなんて、偶然が重なった出来事とはいえスゴイですね!
河津秋敏さんの仕事っぷり
河津さんは納期に厳しいプロデューサーとして知られており、彼が関わった作品で発売延期されたものはほとんどないそうです。
プロデューサーという立場ながら、制作現場の細かいところまで見て回り自ら修正を行います。ゲームに関わることは何でもこなす腕を持っている人で、自分で何でもやってしまうんだとか。
制作するゲームはほとんどRPGですが、特にこだわっているわけではなく、むしろ機会があればアクションなども作ってみたいと語っています。「別ジャンルのゲームは一線を離れてから馴染みの仲間で気楽に作ってみたい、老後の楽しみに取っておく」そうです。
また河津さんはツイッターで積極的にSaGaシリーズのことをつぶやいています。ファンの人にとっては本当にうれしい情報ですね。
河津秋敏さんTwitter
#ロマサガRS
— 河津秋敏 (@SaGa30kawazu) October 21, 2022
正直に言うと、この手の〜学園物って誰向けなの?と思ってました。ファンの皆さんが楽しむ二次創作を自前でやるって事か、とやってみて腑に落ちた次第。続きが読みたくなるのは四コマじゃないからですね。サルーイン、お前はどうなるんだ! https://t.co/WJEYXJaU4Q
まとめ
河津秋敏さんは大学在学中にボードゲームにはまったり、当時のコンピューターを通してゲームの世界に触れてきました。事情があり大学は中退してしまいますが、アルバイトとしてスクウェアに採用されゲーム制作に関わることになりました。
そしてサガシリーズやファイナルファンタジーシリーズなどの名作を手掛け、今も精力的にゲームクリエイターとして活動しておられます。
「ゲームゲノム」ではどんなお話が聞けるのか、とても楽しみですね!